インドは州によって法律が違い、ところによっては酒類を禁じているという。
が、多くの地域で飲酒が可能だ。
しかし、酒に関してはけっこう厳しい国であるようだ。
そもそもインド人は以下のように考えているらしい――――と在住邦人が教えてくれた。
「人前で酔っぱらうなんて、みっともない」
……。
…………すみません。
思わず謝ってしまいそうである。
インドでは酒類を購入するには酒屋へ行くしかなく、その酒屋も楽しく買い物ができるような雰囲気ではない。
こそっと行って、ぱぱっと買って、ささっと帰る、そうでなければ怒られそうな雰囲気なのだ。
路地裏の分かりにくい場所にあったり。
鉄格子越しの販売だったり。
他の客からいきなり「チョロ!」と怒鳴られたり。(笑) ←“どけ”の意
酒類を購入すると、必ず新聞紙でくるんでくれる。
やはり、人目に触れてはまずいモノなのだ。
――――ここで思う。
「新聞紙にくるまれている瓶はすべて酒だ。隠れていない」
冗談はさておき、人が溢れかえるインドの町で酒屋を探すのは、非常に疲れる行為だ。
だから、どこかの店へ呑みに行こう。
と、外へ出たのはいいが、どこへ入ったらいいのか分からない。
そんなときは、おもての看板をよく確かめよう。
「レストランBAR」と表示があれば酒があり、「BAR」の三文字がなければ酒はない。
まれに「BAR」がなくても注文できてしまうことがある。
どうやら免許がないのに内緒で出しているらしい。
そういう場合は、ビール瓶をテーブルの下へ隠して置くように言われたりする。
ティーポットとティーカップでビールを出されたこともあった。
さすがに笑った。
食事メインのレストランではなく、いわゆるBAR(呑み屋)が興味深い。
インドのBARは日本のスナックと同様に、たいてい外からは店内がよく見えないようになっている。入店するには少しばかり勇気が必要だ。
ぴたりと閉ざされた扉の前で、しばし思案する。覗いてみるか、否か。
ええい、せっかくインドへやって来たんだ! ひよってる場合じゃないっ!
――――扉は開かれた。すると、なんとしたことか。
わーい! 満員御礼――――!!!
そう。外の静けさからは想像出来ないが、インドのBARは結構繁盛しているのだ。
店内はひどく暗く、かつ殺風景。そこに、インド人男性がひしめいている。
人前で酔っぱらうのはみっともないんじゃなかったのかぁぁぁっ!?
などという愚問は呑み込もう。
いや、それ以前に扉を開けた瞬間、店内のすべてのインド人の大きな目玉が、こちらをしっかりと捉えてしまっていた。つまらない難癖など、すでに吹っ飛んでいる。
もう、蛇に見込まれた蛙だ。どおっと、汗が噴き出した。
……おい、なんだいったい、中国人がきたぞ……
……いやあ、あれは日本人じゃないかな……
……どっちだって同じだ、なにしに来たってんだ……
……そりゃおまえ、酒呑みに来たんだろ……
そんな会話が聞こえてくるようである。
すでに甚だしく目立ってしまっているが、できるだけ目立たぬよう静かに席へつく。
と、手足の長い青年が注文を取りにきた。
「キ、キングフィッシャーを……」←(インド随一のビール、美味い!)
「イエッサー」
ほどなくして、黄金色の液体がなみなみと注がれたグラスが運ばれてきた。
ひとくち、呑む。
……おおお! 呑んでるよ!……
……呑むようだな。っていうか、目ェ細えな日本人……
ビールはキンキンに冷えていて、すこぶる美味い。緊張も手伝ってすすんでしまう。
ぐぐぐっと、のどへ流し込む。
……おおお! 呑んでる、呑んでる!……
……どうやら、美味いみたいだな……
……俺たちももう一杯いくか?……
……お、いいねえ……
一杯目はあっという間になくなった。
「すいません、ビール、もう一杯…」
「イエッサー」
「それと、フライドポテトを……」
「イエッサー!」
二杯目を注文するときも、つまみを注文するときも、煙草を吸うときも。
――――感じる。たまらなく感じる。視線を感じる!!!
一挙手一投足を観察されている!!!
そうだ。珍妙な東洋人を、彼らは酒のさかなにしているのだ。
――――ならば!!!
酔いがほどよく廻ってきて、こちらも大胆になっていた。
――――ならばっ!!!
こっちだって、こっちだって、あんた達を観察してやるぅぅぅぅぅ!
テーブルの上に落としていた視線を、斜め前のインド人へ向けてみた。
すると、いきなり目が合った!
インド人は、にかっと笑った。白い歯が闇に浮かんだ。
「ジャパニ(日本人)か? 俺、ジャッキー・チェン好きだぞ」
ジャッキー・チェンを日本人だと思い込んでいる者は多い――――。
BARの客は、ほぼ100%男性だ。
ムンバイのような大都会にある洒落たBARでなら女性客を見かけたが、そういう女性はヨーロピアンナイズされた富裕層の女性のはずである。もしくは外国人だろう。
そのへんにある庶民のためのBARで、インド人女性客をみかけたことは一度もなかった。
外国人であろうとも女性だけで呑みに行くのは、あまりよくないかもしれない。
少なくともお薦めはしない。
男性客しかこないのが前提なのだろう、BARには女性用トイレがない。
共用でも使用できるが、朝顔しか設置していない店すらあった。
(大をしたくなったらどうするのだろうか)
ともあれ。
BARが満員御礼であろうとも、飲酒は好ましくないことと考えられているのは間違いないらしい。目立たぬように楽しもう。
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