一日の終わりはビールでプハーッ……。
酒ばなれが進んでいると言われる昨今だが、こういう方もまだまだ多いだろう。
かくいう私も、そのひとり。休肝日が少ないことを後ろめたく感じつつ、毎夜ひそやかに晩酌を楽しんでいる。
そこで心配になるのが、旅先での酒事情。
酒はあるのか、どこで買えるのか、いくらするんだ? ――――不安は尽きることがない。
周知のとおり、イスラムでは豚と酒は御法度だ。四十度を軽く超える季候でもビアガーデンはなく、ワインと生ハムで至福の時を味わおうにも、そのどちらもない???
ほんとのところはどうなのか、断酒を覚悟しながら確認してきた。
みんな気になる(?)、イスラム圏の酒事情。
●注意:数年前の情報ですので、現在とは事情が違う可能性があります。
また、個人の見聞・主観によりますので、事実と違う可能性もあります。
鵜呑みにしないようお願いします。
とくに、これから現地へ行かれる方は、本稿を参考にしないようにしてください。
値段は当時のレートを日本円で換算したもので、おおよその値段です。
【パキスタン】
酒は禁制物である。酒屋、酒類を取り扱う売店、酒を供するレストランは一部例外を除き、ない。パキスタンに行ったら酒は呑めないと思ったほうがいいだろう。
どうしても呑みたい場合は、どうすればいいか。
答え>その@
高級ホテルに宿泊して、ルームサービスを利用する。
イスラマバードにある高級ホテルで、ルームサービスに限り、酒類を扱っているそうだ。
(ただし、そのうちの一件は2008年のテロで全焼してしまった)
実際に高級ホテルには宿泊していないので、ルームサービスでの酒類の値段は、残念ながら分からない。
南部の大都市カラチでも同様に、高級ホテルのルームサービスで呑める、と某ガイドブックにあった。私はカラチには行かなかったので、これも詳細は分からない。
答え>そのA
イスラマバードの役所へ行って「飲酒許可証」を取得する。
パキスタンでは、外国人・非イスラム教徒向けに「飲酒許可証」なるものを発行している。
これさえあれば合法だ。大手を振って酒が呑める。(配慮してこっそり呑むことを推奨)
申請料はたいした額ではないが、役所では長時間待たされたあげく、たらい回しにされたりすることもあるので、取得は忍耐の問題だろう。
私はこれを取得したのだが、ずいぶんと骨を折った。
酒類販売所は高級ホテルに併設されている。従業員専用玄関の横、という人目に触れない場所だった。パチンコの景品交換所に似た殺風景な小部屋で、窓口越しに酒類の販売が行われる。
ここで飲酒許可証を印籠のように見せると、売り場のおじさんが、
「こんなもん呑みやがってどうしようもない奴だ」
と、言いたげな目をして応対してくれる。
●ビール「MURREE
BEER」 350ml 約150円 (なんとパキスタン製)
宿泊していた安宿には冷蔵庫がなかったので、氷を買ってきてバケツで冷やして呑んだ。苦労したせいか、非常に美味だったと記憶している。
しかし、この酒類販売所は、2008年のテロで全焼したホテルに併設されていたので、現在はどうなっているのか分からない。別の高級ホテルSには当時、販売所はなかった。とすると、現在はどこで入手できるのだろうか……。
ともあれ、売り場のおじさんの無事を祈る。
禁止されているとはいえ、やはりヤミでは出回っている。
古今東西、酒類に限らず、需要と供給がある限りなんにでも当てはまることだろう。
パキスタンでは、中国との国境に近い地域で、中国製ビールが売店で売られているのを見た。(堂々と棚にあったので、外国人向けに置いてあるのだと思われる)
●商品名は失念 「中国製缶ビール」 500ml 約300円 (売店にて購入)
標高が高いせいもあってか、これはたいへん不味かった。
この地域では地元の農民がアンズなどから密造酒「フンザパーニー」を造っている。地元の人に尋ねてみると売ってもらえることもある。
ただ、出来の良いものは自分たちで呑むという話なので、親しくならないと美味しいフンザパーニーには巡り会えないかもしれない。
また、アフガニスタンに近いカラシュバレーという村には、非ムスリムのカラシュ族が暮らしている。こちらでも同様の酒「カラシュワイン」を造っている。ワインと呼ばれていても、葡萄から造るワインではない。
●「カラシュワイン」 空きペットボトル入り 700ml 約800円 (宿のオーナーから購入)
少々高いが購入。なかなか美味だった。
町なかで酒を見かけることは皆無だった。
しかし、隙あらば呑みたい、と考えている人も少なくないのかもしれない。
ある青年は「禁止されているから仕方なく呑まないだけだ」と話していた。
もちろん、心から酒を忌避している人は多いだろう。
飲酒許可証を提示してビールを手に入れたことを、宿のスタッフに知られてしまった。彼はそそくさと寄って来て、そして言った。
「俺にはないのか?」
【イラン】
酒は禁制物である。酒屋、酒類を取り扱う売店、酒を供するレストランはない。
さすがイランは厳しく、本当にない。高級ホテルに行っても無駄である。
とは言っても、当然ヤミでは出回っている。ヤミで売られている酒類の多くは、おとなりトルコから流れてくるものが多いそうだ。
一度、宿のスタッフに缶入りのウィスキーを買わないか、と持ちかけられたが断ってしまった。なんとなく信用できない雰囲気のある男だったのだ。
イランでは酒がない代わりに、さまざまなフレーバーの付いたノンアルコールビールがよく売られていた。毎晩、飲んでいた気がする。気の抜けたような飲み心地だが、悪くない。
イラン人も毎日ハンバーガーやサンドイッチを囓りつつ、このノンアルコールビールを飲んでいるのだろうか。
ところで反米イランには、マクドナルドがない。ハンバーガー屋(だけ)は掃いて捨てるほど存在するが、決してマクドナルドではない。
コカコーラはあるようだが、それよりもイラン製のコーラ味飲料のほうが一般的だ。
とにかく、イランではヤミ酒を入手するか、密造酒を造るか(探すか)、しかないようだ。
しかし、そんなリスクを背負うくらいなら、ここはすっぱりと断酒するほうが賢いと思われる。
結論。イランでは断酒を覚悟しよう。
【UAE(ドバイ)/オマーン】
さすが人種のるつぼ、ドバイ。酒を供するレストランやBARは、街へ出かければどこに入るか迷うほど存在する。
しかし、酒屋や酒類を取り扱う売店を見かけることはなかった。酒を呑みたい奴はレストランやBARへ行って呑め、ということらしい。
ただ、滞在期間が短かったこともあり、確認できなかっただけという可能性もある。
●BARでのビール一杯の値段 約600円 日本とほぼ同じ
エアコンが効いた内装の美しいBARで酒を呑んでいると、そこがどこの国なのかよく分からなくなってくる。つまり、どこでも同じじゃないかと思うのだ。
けれど、ふと横を見ると――――おお、真っ白なアラブ服に身を包んだ恰幅のよい紳士が、ひとり静かにウィスキーをたしなんでいるではないか。そうだ、ここはドバイだった。
あきらかにムスリム(イスラム教徒)が酒を呑んでいるのを、このとき初めて目の当たりにしたのだ。
酒を供する飲食店で給仕をしているのは、東南アジアや中国人の女性のようだ。ドバイは居住者の80%が外国人労働者だと言われている。そのうちの約四割がインド人らしい。次いで、パキスタンなどの非アラブ地域のムスリム、そして中国人が多いそうだ。
ドバイの七ツ星超高級ホテルの宿泊客の、じつに六割が中国人だと、最近ニュースで知った。同じドバイという都市において、出稼ぎに来る中国人と、一泊2000ドルのホテルに平気で泊まる中国人がいる――――なんともいえない気持ちになった。
話がそれたので戻す。
オマーンでもドバイ同様、酒屋や酒類を取り扱う売店は見かけなかったが、酒類を供するレストランやBARはそれなりに存在した。値段も同様、ビール一杯600円程度だ。
いちど、ナイトクラブのような店に間違えて入店してしまった。
ヒゲを美しく整えたオマーン人男性が数人、酒を呑んでいた。小さなステージでは、セクシーな衣装をまとった中国人とおぼしき女性がヒラヒラと舞っている。
私は心で叫んでしまった。
「自分のところの女は大切に隠してるくせにぃぃぃぃ!!」
【イエメン】
酒は禁制物である。地元の人の話だと、ヤミではそれなりに出回っているそうだ。
合法に呑むためには、やはり高級ホテルへ出かける必要がある。首都サナアのシェラトンホテル内レストランで酒類を供している。
他には、高級住宅街にあるレストランでビールを出している、という話を聞いたが、行ってみたら休みだったので詳細は分からない。
それにつけても驚いた! シェラトン内レストランでのビールの高さに、である。
●ビール「ハイネケン」 350ml缶 約840円 (シェラトン内レストランにて注文)
これが“シェラトンプライス”なのか、はたまた“イエメンプライス”なのかは知らないが、思わず椅子からひっくり返った。ふだん高級ホテルで飲食する機会がないので、本当に分からない。
ともかく、貧乏旅行者がおいそれと手を出せる値段ではない。さくっとあきらめよう。
イエメンには銃器が溢れている。
扇風機やラジカセと同じように、市場で普通に銃器が売られている。
……だからね、と地元の青年は穏やかに語った。
「酔ってハイになったら大変な事件が起きてしまう。イエメンには、酒はないほうがいい」
イエメンでは断酒しよう。
【エジプト】
人口の一割がキリスト(コプト)教徒、加えて世界中から観光客が集まるエジプトは、高級レストランは当然のこと、わりと庶民的な料金のレストランでも酒類を扱っている場合がある。
都市部や観光地ならば酒屋もあり、いわゆる“場末のBAR”も存在する。
カイロでは頭にスカーフを被ったおばさまが、酒屋でビールを数本買っているのを見かけた。おそらくご亭主がたしなむのだろう。ムスリムといえど、やはり呑んでいる人はこっそり呑んでいるらしい。
酒屋ではなく“酒類を扱っている普通の小売店”――日本でいうなら酒を販売しているコンビニやスーパーの類――というものはない。
こういう小売店は、アジアではミャンマーより東の国でしか、私は見たことがない。
(ネパールはあったかも。後述するが、レバノンとトルコにはある)
●ビール「STELLA
BEER」 500ml 約100円 (酒屋で購入)
他にも「SAKARA」「LUXOR」などの銘柄がある。おしなべて、なかなか美味。
●赤ワイン 一本 約600円〜 (酒屋で購入)
いかんせん貧乏なので安物しか試していないのだが、個人的には充分満足できる味だった。ちなみに赤ワインしか試していない。
ところで、滞在中にラマダン(断食月)を迎えた。
酒好き旅行者にとって、これは悲劇である。ラマダン中、酒屋は営業しないのだ。丸々ひとつきシャッターが降りてしまう! 酒を出していた庶民的なレストランも酒類の販売をストップした。飲酒できるのは中級〜高級レストランor
BARにおいてのみになる。
しかし、毎日そんな高い店には行けない。困った。どうしよう。
そこで紅海のリゾート地・ダハブへ逃げた。
さすがリゾート地、ラマダンの影響はほとんどなかった。一部のレストランでは酒類の提供を取りやめていたが、たいていのレストランでは継続していた。
酒屋もしっかりと営業していた。
それにしても、ひとつきも店を閉めてしまい、酒屋は生計が成り立つのだろうか? 問題ないから閉めるのだろうけど、事情をご存知の方がおられたら、ぜひ教えていただきたい。
しかしである。
そもそも酒は御法度なのに「ラマダン中だけは販売しない」というのは、なにか間違っているような気がしなくもない。
人口の一割をしめるキリスト教徒は、ひとつき不自由を余儀なくされることに関して、どう感じているのだろうか。
【ヨルダン】
中級〜高級レストランで酒類を供している。酒屋も、BARもあった。
ただし、首都アンマンとペトラ遺跡のあるワディムーサにしか滞在していないので、他の町については分からない。
●ビール「AMSTEL
BEER」 大瓶 (ヨルダン生産) 約270円 (酒屋で購入)
●ヨルダン産赤ワイン 一本 約750円〜 (酒屋で購入)
ビールは美味。赤ワインは「Domaine
Jordon
Valley」という銘柄を試してみたが、それほど美味ではなかったと記憶している。
BARへ行ってみた。
高級な店ではなく、少々うらぶれた雰囲気の小さなBARだ。外からは店内の様子がまったく見えない。中へ入るとやたらに暗く、そして狭かった。
地元のおじさんがひとり、深刻そうな表情で酒を呑んでいた。
壁に飾られているのは、マリリンモンローみたいな女性が「あっはん」なポーズを取っているポスター。と、もうひとつ、片乳をポロリとさせた少女の絵。
赤い色の照明がそれらを妖しく照らし、やましさを倍増させていた。
……ん〜、なんというか、うしろめたい。。。
さっさと呑んで、すぐに店を出た。
【レバノン】
酒類を供するレストランは多く、酒屋だけでなく、スーパーや売店でも酒類を扱っている。
イスラム教徒とキリスト教徒がほぼ同数で、アラブで一番西洋化されているレバノンは、酒好きにはたまらない処である。
物価は高いが、酒だけは異常に安い。しかも美味い。
●ビール「Almaza」 330ml 約80円 (スーパーで購入)
●ビール「byblos」 500ml 約?円 (スーパーで購入)
ビールもいいが、驚いたのはワインの美味しさだ。一本約300円程度からあり、安くてもけっこう美味い。
よく呑んだのは、
●赤ワイン「Le
Fleuron」 一本 約460円 (スーパーで購入)
KSARAというレバノンでは有名なシャトーがあり、ここのワインは素晴らしく美味である。
日本にも輸入されているそうだ。せっかくなのでシャトー見学へ行ってみた。
連日呑んだ。キビシク呑んだ。
【シリア】
シリアでも都市部において、中級〜高級レストランでは酒類を供している。かなり庶民的と思われるレストランで缶ビールを注文できたこともあった。
BARや酒屋もある。
酒屋はキリスト教徒が多く住む地区にあるようだった。
●ビール「AMSTEL
BEER」 500ml (レバノン生産) 約120円 (酒屋で購入)
シリアで初めて呑んだのは「BEER
BARADA」というシリア製ビールだった。非常に美味しくなく絶望しかけたのだが、他の銘柄(Al
Charkなど)はまずまず美味しくて安心。
「BEER
BARADA」はそれきり呑むことはなかった。
ワインもある。
レバノン産とは比較にならないが、それなりに満足できるワインもある。
●赤ワイン「St
SIMEON」 一本 値段は失念、安いはず ワインは約240円〜
いちど、ものすごく不味いワインを買ってしまい絶句したことがあった。もしかしたら陽の当たるところに置いてあったのかもしれない、そんな味だった。
酒屋でこんな光景を見た。
若者が片手にジュースの空き缶を持って来店した。すると、店員はその空き缶にアラックと呼ばれる強い酒を注ぐ。仕上げにストローを一本差すと、若者から代金を受け取った。
なるほど、と思った。
おそらく、若者はムスリムで、酒を呑んでいることを家族に知られたくないのだろう。ジュースの空き缶はカモフラージュだ。
きっと、なに食わぬ顔をして帰宅し、自室でこっそり楽しむのだ。
また、酒を呑んでいる父親に「止めてほしい」と進言したら、親子喧嘩になって家出した……なんていうエピソードも聞いた。
【イスラエル】
エルサレムの新市街には24時間営業の酒屋があり、酒類を扱っている売店もちらちらと見かけた。
ただ、外食をほとんどしなかったので、レストランでの事情が分からない。
そして、残念ながらエルサレムにしか滞在していないので、他の町のことも分からない。
●赤ワイン「CREMISAN」 値段は失念 イスラエル産 (酒屋で購入)
ベツレヘムのワイン、聖地でいただくキリストの血。
ということで、期待(?)して呑んだような気がするが、美味しかった記憶がない。
可もなく不可もなくという感じだったと思われる。
ビールはハイネケンをよく呑んだ。「MACABEE」というイスラエル産のビールもある。
イスラエルはとにかく物価が高く、酒類も例外ではない。
【トルコ】
酒類を供するレストランは多く、酒屋だけでなく、スーパーや売店でも酒類を扱っている。
世俗主義を掲げるトルコでは、ムスリムでも普通に酒を呑んでいる。
とはいってもトルコは広く、東部と西部ではだいぶ事情が違うらしい。私はおもにイスタンブールと黒海沿岸、あとはカッパドキアくらいしか訪れていないので、他の地域のことは分からない。
●ビール「EFES
Pilsen」 500ml 約160円 (スーパーで購入)
●赤ワイン「ADA YIL
DIZI」 一本 約800円 (スーパーで購入)
●赤ワイン「KALYON」 1本 約500円 ←激安品 (酒屋で購入)
ビールは手頃な値段で充分に美味い。が、他の酒類はわりと高かった。安いワインも探せばあるが、やはり味が落ちる。
西アジアにはアラック(ラク)という非常にクセの強い蒸留酒がある。比較的安価なのだが、トルコではアラックでさえ1000円ぐらいした。
ボラレているのだろうか……可能性は否定できない。
イスタンブールのレストランではオープンカフェ状態で酒を楽しめる。西アジアのさわやかな夕風に吹かれ、モスクのシルエットを眺めつつ乾杯ができる。
こんなイスラムの国はなかなかない。
しかし、小さな町を訪れたとき、「ビールを注文するなら店内の席へどうぞ」と言われたことがあった。
土地にすむ人々の飲酒に対する意識の違いよって事情がかわる好例だろう。
【モロッコ】
都市部においては酒類を供するレストランやBARは多く、酒屋だけでなく、スーパーでも酒類を扱っている。
●ビール「STORK」 500ml 約85円 (スーパーで購入)
●ビール「Flag
」 330ml 約70円 (スーパーで購入)
他にも「Casablanca」という有名な銘柄がある。充分満足できる味だ。
モロッコはワインが美味かった。フランスの保護領だった影響だろう。
(同様にベトナムも美味しいワインを造っているのだ)
しかも、安い。
●赤ワイン「DAMAINE
DE
SAHARI」 一本 約500円 (スーパーで購入)
●赤ワイン「BONASSIA」 一本 約500円 (スーパーで購入)
モロッコはイスラムの国のなかではいろいろと「ゆるい」方だ。
飲酒に関してもそのようだった。BARはよく賑わっていたし、地元の男性が酒を買い求めている姿をよく見かけた。
夜の町では「酔っぱらい」を見かけることすらあった。
周知のとおり、イスラムでは金曜日が休日だ。酒屋も金曜日は営業しない。
では、年中無休をウリにしているスーパーマーケットの酒売場はどうするのか。
酒売場は店内のはじのほうにあり、シャッターでそこだけを閉鎖することが可能になっているのだった。
ところが、たまたま金曜日にスーパーへ行ってみると、酒売場のシャッターがわずかに開いている。
もしかしたら買えるのだろうかと思い、店員へ尋ねてみた。
「少々お待ちください」
シャッターの近くで暫し待っていると、酒売場からモロッコ人男性がシャッターの下を這うようにして出てきた。片手に黒いビニール袋を下げている。
ははあん……私は合点がいった。
聖なる金曜日にどうしても酒を購入したい聞き分けのない人のために、内緒で販売しているのだ。
人目に触れないようひとりずつ売り場へ入れて。
黒いビニール袋で、ブツが見えないようにして。
男性はそのまま足早にレジへ向かい、会計係はビニールから出すことなく中身を確かめ精算していた。
……モロッコ。やはり「ゆるい」。
とはいっても、酒を売っているのはそれなりに大きな町だけのようだ。
都市部に住んでいる者の一部が酒を呑んでいる、ということだろう。
モロッコで、初めてムスリムと一緒に酒を呑む機会があった。
ごくまれにコッソリとBARへ出かけると、彼は告白した。
「父には絶対、内緒にしてくれ」
大真面目な彼の顔が忘れられない。
【インドネシア】
横に長いインドネシアは、東へ行くほどキリスト教徒が多くなり、西へ行くほどハードなイスラムになる――――らしい。
私が訪れたのは、ジャワ島の観光地を少々と、あとはおもにスラウェシ島なので、敬虔なムスリムが多いというスマトラ島の事情についてはまったく分からない。
いかんせん、旅をしたのがだいぶ前で記憶がさだかでない。
それでもインドネシアを代表する「BINTAN
BEER」は、かなり美味しかったのを覚えている。
外国人旅行者が訪れるようなレストランでは、たいてい酒類を供していた。
しかし、酒類を扱っている売店を探すのは、それなりに苦労した。
とくに、離島へ行くと絶望的だった。
苦労といえば、冷えているビールを探すのにたいへん骨を折った。
ビールはあっても、冷蔵庫に入っていなかったり、そもそも冷蔵庫が店になかったりした。
冷えていないビールなど、ビールではない。当然である。
「おじさん、ビールありますかっ?」
「ああ、あるよ」
「ディンギン? ティダ・ディンギン?(冷えてるの? 冷えてないの?)」
唯一覚えたインドネシア語で尋ねると、おじさんはにわかに相好を崩す。
「あっはっは。冷えてないよ。冷蔵庫に入れておくから、あとで買いにきな」
「ありがとうっ! じゃあ四時間後に!」
こんな調子だった。
現在はもっと冷蔵庫が普及していることと思う。
ちなみに、安宿に冷蔵庫は普通ない。
あったらあったで「冷蔵庫マジック」にかかり、遺憾ながら長逗留してしまう。日本では呑めない現地のビールや、南国のフルーツをしこたま買ってしまうからだ。
冷蔵庫、あな恐ろしや。
【まとめ】
こうしてみると、法を侵さないと酒が呑めないイスラム圏の国、というのは意外に少ないことが分かる。探すのに苦労はしても、なんやかやと呑めるのだ。
とはいっても、御法度であることに変わりはない。
まわりに配慮して、こっそりと、あくまでひそやかに楽しもう。
余談だが、豚肉は酒以上にない。
モロッコでは外国人向けにスーパーで豚肉を扱っていたが、西アジアでは一度も見なかった。キリスト教徒向けに一部で売っているというが、私は見ていない。
カイロのような大都市であれば、中華料理店などで豚肉を食べることができる。
けれど、豚肉がないながらも頑張って調理している中華料理店もあった。
断酒より、断豚が切実だ。
赤ワインのつまみに生ハムはないので、本場のオリーブをお勧めする。
(ま、私は羊肉好きなので、ちっとも苦にならなかったのだが)
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