解 放 者 た ち

【第十章】

〔1〕





 春が間近に迫っているのを実感させる暖かな日差しが、真昼の田舎道を照らしている。ある小さな集落のはずれ、路傍の草地に荷物を降ろし、昼休憩を取っていた。すぐそばを流れる小川には水車が回り、しゃらしゃらと清らかな歌声を上げている。

 ティセとリュイはともに胡座を組んで差し向かう。ふたりが挟むのは、草の上に置かれた小型の盤遊戯。過日、古道具屋で手に入れた、携帯用の折りたたみ式盤遊戯だ。
 ティセは手のひらの大きさの盤を睨みつけ、先ほどから熟考に熟考を重ねている。考えれば考えたぶん、鼻のつけ根へ憎々しげに皺が寄る。リュイの一手から、もうだいぶたっていた。
 やがて意を決し、おもむろに右手を上げて、
「こうだ!」
 豆粒みたいな駒を思うところへ動かした。と同時に、リュイの顔色を確かめる。
 リュイは顔つきを少しも変えない。ほんの束の間考えて、長い指で滑らかに駒を摘み上げ、次の枡目へ静かに置いた。
「ああああっ……!」
 ティセはまたしても敗北を予感する。
「ううううう……」
 上目遣いでリュイを睨む。リュイはかすかに笑んで、
「おまえにはもう負けないと、このまえ言ったろう」
「かわいくないっ……かわいくないっ……!」
「おまえの番だ」
 ティセはふたたび熟考する。いらだちを露わに苦慮するその姿は、残りの人生を盤遊戯に賭ける暇な老爺そのままだ。黙考する頭の天辺を、太陽がじりじりと焼いている。険しい眼差しで盤上を凝視するティセを、リュイは興味深げに眺めていた。
 いくら考えたところで、ティセの頭で考えられる手はただひとつしか浮かばない。この手はリュイの意表を突くものだろうか、それともこれがリュイの誘導なのだろうか…………作戦がまるで読めなかった。ためらいに指を震わせて、駒をその枡目へしかたなく置く。と、リュイはすぐさま勝利の一手を差した。
「くくく……くやしいいいいぃぃぃ――――っ!」
 咄嗟に顔を伏せ、両の拳で膝を叩いて悔しがる。リュイはクスクスと小さな笑い声を立てた。勝利についてはさほど嬉しくもなさそうだ。

 盤遊戯をしたことがないというリュイに、ティセはやりかたを教えた。決して単純ではないその規則を、リュイは聞き返すことなくいちどの説明で覚えた。
 初戦はティセが当然勝った。二戦目も難なく勝った。が、三戦目はかなり手こずった。そして、四戦目からはもうリュイに勝てなくなった。以来、名誉挽回と勝負を挑み続けているが、栄光はいちどとして戻らない。
 非常に悔しかった。同級生の間では、ティセはかなりの強者(つわもの)で通っていた。素行は誉められないが頭脳は明晰であるカイヤに勝つことは滅多になかったけれど、ほかの同級生が相手なら勝って当たりまえだったのだ。自分が教えたのに、という思いもあった。

 悔しさをひとしきりぶちまける。妙にすっきりした気分になって、駒を盤の内部へ納めて折りたたむ。
「おまえとカイヤを対局させてみたいなあ」
 リュイはアルミの湯呑みを頭陀袋へ仕舞いながら、
「おまえの親友と?」
「そ。ものすごい攻防戦になりそう! 手に汗握るに違いない!」
「そう……それはおもしろそうだ」
 よっと荷物を背負い、リュイの目を見て微笑いかける。
「リュイ、いつかまたナルジャに来いよ。みんなにおまえを紹介したい」
「そうだな……いつか」
 口調が曖昧だったので、ティセはつい念を押す。
「ほんとに!? 何年後だよっ」
 リュイはどこか遠くを見るような眼差しになった。そのまま、ティセへは目を向けず、つぶやくようにそっと返す。
「……ん……そう、兵役を終えたら、そのうちね」
 荷を背負い、行こう、と先を歩き始めた。
 ティセは切なさが押し寄せるのを胸に感じながら、前を行く後ろ姿を見つめていた。

 …………リュイが嘘をついた…………

 ――――――とにかく、リュイは大嘘つきだ。
 冗談はもちろん、嘘を言うようなひとには見えないと、ともに歩き始めてまもないころは思ったが、見方を誤っていた。つかざるを得ないのだとしてもだ。
 いままで聞いた生い立ちや思い出話は、そのほとんどが嘘だった。本当のことを知ったティセには、リュイが事実と違うこと、事実からは考えにくいことを言えば、すぐに嘘だと分かってしまう。セレイから真実を聞いたと、まだ告白していない。だまされているふりをしてリュイの嘘に乗った。そのたびに――――……切なくなる。
 そして、嘘をつくたびに――――……リュイの瞳に憂いのような疲れがふっと過ぎるのを、わずかだが確実に見た。
 以前から、リュイは疲れたと口にすることがときおりあった。口にして、目元に疲れを滲ませた。とくに、誓いを立ててくれる前に顕著だったように思う。なにも知らなかったティセは、そんなリュイを年寄りみたいだと揶揄したものだ。
 ひと売りの組織に捕らえられ離れ離れになっていた際、思い及んだ。リュイが疲れた様子を見せるのは、力量のない自分が重荷だからではないのかと。それがひとつの事実であったとしても、それだけが理由ではないのだと、ティセはようやく気がついた。むしろ、リュイを疲れさせる真の原因は、自らがつき続ける嘘にあるのではないか…………。

 思い至れば、間違いないように感じる。何故なら、ティセには経験があった。
 孤児だという嘘が露見したあとに訪れた、雁字搦めに手足を縛っていた縄がひと息に解かれたような、口をきつく塞いでいた猿ぐつわがぽろりと落ちたようなあの解放感を、まざまざと思い起こす。ひとつの嘘がこんなにも自分を縛るものなのか…………あのときティセは痛感したのだ。嘘の重さを深く知ったのだ。
 いまだ嘘――――隠しごとはある。けれど、少女だというただひとつの隠しごとを死守すればいいだけのティセとは異なり、リュイの嘘は、嘘が嘘を呼ぶものだ。ひとつの嘘がそれを守るために新たな嘘を必要とする、じわじわと増殖してリュイを縛り続けていく嘘だ。リュイは自らついた嘘に拘束されて、結果、瞳に疲労を浮かべ、深い溜め息をつくのではないだろうか。
 ティセにはもう、静けさを纏うその後ろ姿が、まるで囚われびとのように見えていた。嘘に縛られて身動きすらできず、それゆえの静けさであるかに思えるまでに、リュイを見る目が変わっていた。


 新しい日を迎えるたびに、ほんのわずかずつ空気が暖かくなっていく。ぴりりと引き締まっていた肌が徐々にほどけていく。地表を覆っていた痺れるような冷気が去り、シュウ南部の大地に若い緑がよみがえる。
 ツクシの生えた村はずれの原っぱで、一日の終わりを迎えた。西の空、なだらかな稜線の上で、太陽が最後の光を放っている。鴉の鳴き声が昼を惜しんでいるように、あるいは安らかな夜を呼ぶように、幾度となく響き渡る。
 リュイは橙色の光に白衣を染めて、静かに本を読んでいる。ティセは焚き火の前、アルミの小鍋でふたりぶんの汁物を作りながら、いつもの読書姿をちらちらと眺めていた。

 セレイに話を聞いてから、リュイについて胸に落ちたことが数え切れないほどあった。
 リュイはつねに背筋をまっすぐに伸ばしている。躾の良さを思わせる姿勢の正しさも、垂直に落ちてくるひと筋の水に似た美しい立ち姿も、習性のようにいつでも身だしなみを整えているのも、すべては特別な教育によるものなのだろう。出会ったばかりのころの、同年代と話をしているとはとても思えなかった硬い話しかたや、少年らしくない落ち着き払った物腰も、そのように教え込まれていたからだろう。年齢のわりに体格がいいのは当然のことだった。
 小作農家の子には見えず、上流階級の子息に通じるとさえ感じた最初の印象は正しかった。その教育内容は想像や推測の域を出ないが、選良(エリート)となるべくシュウ国最高水準のものであっただろう。
 女や子供が苦手に見えるのも、非常に合点がいった。おそらくリュイの周りには、女も、同じハジャプート以外の子供も、ひとりとしていなかったのだろう。親元から離されて脱走するその日まで、周りには同志と大人の男……軍関係者しかいなかったに違いない。
 もしかすると、意志を貫く強さを持ちながらも、反面、ひどく従順であるところさえ、育てられかたが関係しているのかもしれないと、ティセは思った。
 リュイがどこか浮世離れして見えるのは、たぐいまれな容姿の美しさを差し引いたとしても、生い立ちを考えれば至極当然なのだった。

 小鍋をかき混ぜていた小さな匙で、汁の味見をする。
「よっしゃ、でーきたっ」
 それぞれのアルミの湯呑みに適当に汁を分ける。
「ほら、飯、飯! 本は終わりだ。腹減って死にそうだよ」
「ん……ありがとう」
 村の売店で買ってきた平パンと、馬鈴薯しか具のない簡単な汁物で夕食を取る。東の空が薄闇に包まれ始め、汁物から上がる湯気をより白く温かく見せる。
 馬鈴薯のでんぷん質で適度なとろみのついた汁物を口にして、リュイはめずらしく感想を述べた。
「ティセ、前より作るのがうまくなった」
「は!? おまえ、味分かんの?」
 思わずそう返すと、心外だと言いたげにティセを一瞥した。
「……味覚は正常だ。このところいつ食べても、前よりおいしい」
「そ? そりゃよかった。ま、おまえの味付けよりは百倍うまいと思ってるけどね」
 からかいの目を向ける。反論はないようで、リュイは肯定の笑みを返した。
「そう、言うとおりだ」
 実際リュイの味付けはひどい、ティセは思い出してニヤリとする。
「家にいたころは、母さんの仕事がどうしようもなく忙しいときくらいしか作ってなかったんだけど、俺はどうやら料理は好きなほうみたいだよ。こんな汁物作るのも楽しいもん。家に帰ったら、母さんに代わって俺がご飯の支度しようかと思ってる」
 夕食後の後片付けくらいしか日々の手伝いをしていなかったティセが、こんなことを自然に考えるようになっていた。
 ふうん、相槌を打って、リュイは束の間目を遠くし、夕焼けを見つめた。その仕草が、ティセの目にひどく寂しげに映る。胸の奥が一瞬だけ静まりかえる。

 ……もうすぐ春が訪れる……ナルジャを出た春が訪れる……

 しんみりしそうな自分に慌てて、ティセは話題を変えた。
「ガルナージャ、いまもあるかな?」
「……さあ、どうだろう」
「古老が若いときって、いったい何年前のことだろ。……あの爺さん、いくつだったんだろうな」
 リュイはふふ、と笑い、
「そういえば、セレイは歳を言わなかったね。おそらく……五十年は前じゃないか」
「ご、ごじゅうねん……!?」
 ティセにはまだ想像の及ばないその長い年月に、つい目を瞠った。
「ガルナージャ、あるといいな」
 笑いかけると、リュイも同じように穏やかに笑んで瞬きを返す。と、急になにかに気づいたように、ふと空のほうへ目を向けた。
「ん? なに?」
「……なにか……聞こえたような気がして……」
「そうか?」
 きょろきょろと辺りを見回した。鴉の声がする以外、物音はしない。
「いや……気のせいか」
 リュイは視線を手元へ戻し、ちぎった平パンを汁物に浸して静かに口へ運んだ。


 夜更け、外套を着込んだまま毛布にきっちりとくるまり、眠りを待ちつつ考え込んでいた。もう何度も考えた、いまだにどうしていいのか少しも分からない、セレイの頼みごとを。
 兄さんを救って…………涙を滲ませて乞うたセレイの顔が浮かぶ。
 翳から解き放つきっかけになりたい、心からそう願ったものの、どうしたらそんなことができるものか、ティセは途方に暮れていた。だいいち、聞いてしまったことを告白できずにいる。しようにも、リュイの顔を見れば……木漏れ日が揺らめくように穏やかなあの微笑みを向けられれば、ティセの唇は途端に強張り、動かなくなってしまうのだった。心が落ち着いていくような静かな微笑みを、静けさの立ち込める水のおもてを、壊してしまう…………ティセにはそれが怖かった。

 どうすればいいのか分からない――――その代わりに、闇と空白の真相に照らし出されるリュイを、ティセは目を凝らして見据え続けていた。
 両親の遺言を果たす旅でないことは気づいていたが、リュイの旅の本当の理由が分かった。もうひとつの笛を探し当てるのは目標であったとしても、目的ではない。ただの建て前に過ぎない。旅の本来の目的は逃亡、結果としての放浪。ティセが憧れ続けた未知のものを追い求める道楽の旅ではない、真逆の旅なのだ。
 笛を探すことに積極的でないのは当然だった。ばかりか、あの消極的な態度から推し量れば、もうひとつの笛が見つかることを、心の底では怖れているのではないだろうか。笛が見つかれば、建て前がなくなってしまう。そのときリュイの旅は、目標も意義もない、純粋なる逃亡の結果に成り果てるのだから……。
 ラグラダ滞在中、おそらく初めて掴んだであろう対の笛への糸口を、リュイはやはり故意に見過ごそうとしたのだ。いまにして思えば、コイララの想いびとが兄であると、ティセが閃くまえに…………前日にスリン夫妻から話を聞いた時点ですでに気づいていたのだろう。そうであれば、滞在中まるで気配を消すかのように無口になり、ひどく緊張していた様子だったのもうなずける。兄が自分について話しているかもしれないと警戒したに違いない。笛の謎を解くよりも、保身をはかったのだ。ティセが気づかなければ、兄だとは決して言わなかっただろう。あのときも、リュイは嘘をついていた……。

 そう思い至れば、自身の生い立ちと…………おそらくは村に賠償を負わせたこと、犠牲を強いたことを、どれほど重く思っているかが覗えた。世界中の誰にも知られたくない…………さらに言えば、知っているひとを目の前にするのも憚られるほどの、リュイ自身が見つめたくない、封じ込めてしまいたい事実なのだろう。過去を知る者は、否応なく、そのつらい事実をリュイの眼前に突きつけてしまうのだから――――……。闇の深さと暗さに、ティセは寒気がした。
 そして、聞いてしまったと告白してしまえば、自分がそんな存在に…………目を背けたい事実をその眼前に突きつける存在になってしまうのだ。ティセの唇はますます硬く強張ってしまう。

 毛布のなか、ティセはそっと溜め息をつく。深く、深く考える。
  帰るところがどこにもない……居場所のないリュイ。居場所も愛してくれるひとも確実に持ちながら、かなぐり捨てて村から離脱した自分を、リュイはどう見ただろうか。帰るところも待つひとも疑いなく持ちながら、孤児だと嘘をついてまで追いかけた自分に、なにを感じただろうか――――……。
 胸の奥からたちまち冷気が上がり、ほわりと暖かな毛布のなかに立ち込めた。指先が冷たく痺れたようになる。
 孤児だという嘘が露見した際の、容赦ない仕打ち――――……あの手加減のなさは、だましたことへの怒りではなく、そのまま自分への憎悪だったのだ。
 リザイヤと闇市とライデルの幹部の話を聞いた晩、なにも起きない、刺激のない日常に辟易し、ナルジャの平和を恨んだと話した。そのうえ、「おまえがうらやましい」とさえ言った。リュイは冷ややかな眼差しを向けて、黙り込んでいた。あのときも、リュイは胸に憎しみを溜めていたのではないか。
 そう――――……思い起こせば、似たようなことはたびたびあった。
 二度と故郷の地を踏めないリュイに、北部へ行かなくていいのかと幾度か問うた。もう会えないと考えていたはずの妹に、本当は会いたいだろうと、知らなかったとはいえ無神経にも尋ねた。リュイはあのとき、瞳に忌々しさを滲ませて沈黙していた。触れられたくないことに触れてしまうたび、リュイは自分に憎しみを向けていたのではないだろうか……。
 触れてはいけないことに、どれほどたくさん触れていただろう…………思い及べば、指先がいよいよ凍りついた気がした。
 嘘をつけば必ず罰があると言った。そして、それを望むと言った。嘘ばかりのリュイに罰を受けろと告げたに等しい。
 いまでは考えが少し変わったが、かつて、青臭い理想論でリュイを責めたことがあった。武装を否定し、血を流すことは完全に悪だと息巻いた。リュイはどう感じただろう……。
 自分はリュイを傷つけ続けていたのではないだろうか。残酷なまでの無自覚と無邪気さで、その内側の闇をよりいっそう濃く深く、冷たくさせていたのでは――――……。

 ……間違いない……

 つぶやきは刃となり、胸の奥を斬りつける。鋭い痛みが走り、ティセはまぶたをきつく閉じた。閉じたまぶたの裏に、夜気のように潜めた声で、冷然と理想論に反論したリュイの顔が浮かぶ。
 途端、ティセは毛布のなかではっと目を見開く。

 ……もしかして……!

 凍りついた指を握り締める。
 ティセは思い出していた。あのときリュイが発した言葉を、一字一句違わずに頭のなかで反唱する。

 この世には、血を流すべきひともいる。殺されて当然のひともいる。

 身体のなかがしんと静まりかえっていくのを、ティセは手に取るばかりに感じていた。毛布の内側が呼吸さえ聞こえない完全な無音に沈み、心だけが呆然と立ちすくんでいるようだった。

 ……リュイ……

 やがて、ティセの想像を裏付けるような場面が頭を過ぎる。
 ぶちこわしになったコイララの結婚式。見慣れない外国人をめずらしがる眼差しとは異なる、あきらかに別の意味を含む注目の視線を矢のように浴びた。リュイは痛々しいまでにはっきりと怯えた瞳をしていた。顔つきも、咄嗟に掴んだ左腕も、石のように硬直していた。よろめいて半歩後退った。まるで別のひとみたいに、不甲斐なく沈着さを欠いた。目も当てられないほど、怯えという感情にまみれていた。
 それはさながら、大きな罪をひた隠し、背負いきれない罪悪感を抱える咎人が、にわかに往来へ引き摺り出され、数多の指で指示されながら糾弾を受ける――――……そのとき咎人が見せるであろう逼迫した恐怖だ。

 考えるほど眠気は遠ざかり、暗闇と無音のなかで、ティセは冴えた心だけを感じていた。前方をまっすぐに見つめるリュイの立ち姿を思い描く。
 リュイはいままでずっと思っていたような、強いひとではないのかもしれない。その立ち姿と同様にいつでも毅然と心を整え、どんな風が吹き付けてもさざ波さえ立てない水面(みなも)のように堅固なひとではないのかもしれない。
 あるいは、強さと同じくらいの弱さを……――――――手加減して触れなければ、果敢ない音を立てて割れてしまう、水のおもての薄い氷のように――――――触れるほうが怯え、戸惑ってしまうほどの弱さを、その心の中心に隠しているのかもしれない。



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